あかぐみきんちゃん

2019.12.22 Sunday

先日、両親が日帰りで東京に来ました。入院している叔父に会うために。

 

少し前に、特養にいる叔父が入院し会いにいってきました。誤嚥して入院していた叔父はとても痩せていて、私が呼びかけてもあまり反応は見られず。

叔父に会った帰り道に、一度は叔父に会いに東京に行かないとと言っていた両親にすぐに電話をしました。

会いにくるのなら、早い方がいいと。叔父はいつなにがあってもおかしくないかもしれないと。

私の目には、自分で栄養をとることができず、かなり衰弱し、声かけにも反応が見られなくなってしまっている叔父がターミナルの段階に見えました。

ターミナルというのは尊厳死に関するシンポジウムでも、医師でもその状態でどのぐらい生きられるのかは正直なところわからないと言っていたし、簡単に使うべきではないのかもしれません。

でも、叔父にいつなにがあってもおかしくない状態に感じたし、私の両親がもっと早く東京に行って会っていればと心を残さないためにも早く会いにきてもらいたいなと思って。

 

と、両親が来る日も決まっていたところ、叔父の奥さんから電話があり病院が変わり、その病院はインフルエンザ対策で2月からでないと面会できないと、、。

その話を介護の仕事の経験の長い知り合いの人に話したら、事情を話してみて一度聞いてみたらと言われ。

病院に電話をしたら、そういうことでしたら来てくださいと言ってくださり、当日短い間でしたけれど両親は叔父に会うことができました。

 

両親が神戸へ帰る前に、新橋の私と父の大好きな駅前第一ビル、信州おさけ村で美味しい長野の日本酒を飲みました。立ち飲みと日本酒の大好きな父はこのお店を気に入ってくれて、とても喜んでくれました。

この日、私は真っ赤なマントのようなコートを着ていて、これを着ていると、赤ずきんちゃんみたいだと言われるという話をしたら母が、私が小さいころ赤ずきんちゃんというのが言えなくて、あかぐみきんちゃんと言っていたと。

それを聞いたときに、今も微妙に言い間違えることが変わらないこと、母がとても愛おしそうにその話をしたことに、急に胸が切なくなって。

 

 

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